チュニンガン島の夜は、思っていたより静かだった。
波の音と、風に揺れるヤシの葉の気配だけが、闇の中に溶けていく。
――その静けさを破ったのが、
「トッケー…トッケー…」という、低くてはっきりした声だった。
最初は、何の音か分からなかった。
鳥でもなく、虫でもない。
どこから聞こえてくるのか分からないのに、確実に“そこにいる”と分かる存在感。
後で知ったのが、
それがトッケイヤモリの鳴き声だということだった。
東南アジアでは珍しくない生き物。
けれど、日本で暮らしていると、まず出会うことはない。
チュニンガン島では、
そのトッケイヤモリが、夜になると当たり前のように姿を現す。
壁の向こう、屋根の上、暗がりのどこかで――。
この記事では、
チュニンガン島で実際に体験したトッケイヤモリとの夜の記憶をもとに、
その生態や鳴き声の意味、そして「怖い」と感じた正体について、
旅人の視点で書いていく。
もしあなたがこれから
チュニンガン島やバリ島の離島に泊まる予定があるなら、
きっと一度は耳にする音だから。
トッケイヤモリとは?|東南アジアに生息する大型ヤモリ
トッケイヤモリは、東南アジアを中心に広く分布する世界最大級のヤモリのひとつ。
学名は Gekko gecko。
バリ島やチュニンガン島では、夜になるとごく自然に人の生活圏に現れる生き物だ。
日本で見かける小さなヤモリを想像していると、
初めて出会ったとき、その存在感に驚く人も多い。
名前の由来は「鳴き声」
「トッケイヤモリ」という名前は、
夜に発する「トッケー、トッケー」という鳴き声がそのまま由来になっている。
この鳴き声はとても特徴的で、
- 低く、はっきりしている
- 思った以上に大きい
- 夜の静けさの中でよく響く
という特徴がある。
現地では、この声を聞くだけで
「トッケイがいるな」とすぐ分かるほど。
鳴くのは主にオスで、
縄張りを主張したり、繁殖期にメスへ存在をアピールするためだといわれている。
人に向かって鳴いているわけではないが、
宿の壁や屋根の近くで鳴かれると、
かなり近くに感じてしまうのも事実だ。
体の大きさと特徴的な見た目

トッケイヤモリの大きな特徴は、そのサイズ感。
- 全長:約30〜40cm前後
- 体はずっしりとしていて、尾も太い
- 日本のヤモリの何倍もある存在感
体色は、
青みがかったグレーや緑色の体に、赤やオレンジ色の斑点が入るのが特徴で、
光の当たり方によってはとても鮮やかに見える。
見た目だけでいうと、
「可愛い」というよりも「迫力がある」「ちょっと怖い」と感じる人が多いかもしれない。
また、指先には強力な吸盤があり、
垂直な壁や天井にも平然と張り付く。
夜、ふと壁を見ると、そこに“いる”ことも珍しくない。
主な生息地(バリ島・チュニンガン島・東南アジア)
トッケイヤモリは、以下の地域に広く生息している。
- インドネシア(バリ島、チュニンガン島、レンボンガン島など)
- タイ
- ベトナム
- マレーシア
- フィリピン
- 中国南部 など
特に熱帯・亜熱帯の温暖で湿度の高い地域を好み、
森の中だけでなく、人の暮らしのすぐそばにも普通に現れる。
バリ島やチュニンガン島では、
- ヴィラやゲストハウスの外壁
- 屋根の軒下
- 庭の木やフェンス
- 夜の明かりに集まる虫の近く
などで見かけることが多い。
人が住んでいる場所に現れるのは、
危険だからではなく、エサとなる虫が多いから。
つまり、
トッケイヤモリがいるということは、
その場所が自然に近く、生き物が多い環境だという証でもある。
チュニンガン島で実際に出会ったトッケイヤモリ

チュニンガン島で宿泊したのは、
崖の上にひっそり建つ Secret Point Huts のバンガロー。
昼間は海と空しか見えない静かな場所で、
「夜はきっと波音だけだろう」と思っていた。
その考えは、真夜中に完全に覆される。
最初に鳴き声を聞いた夜のこと
それは、眠りが一番深くなる真夜中だった。
突然――
「トッケー……トッケー……」
低く、はっきりとした声が、
まるで部屋の中から聞こえてきた。
あまりにも近い。
一瞬、
「……ベッドの下?」
そう思った。
鼓動が早くなるのが分かる。
恐る恐る体を起こし、
スマホの明かりをつけて、ベッドの下をのぞき込んだ。
……いない。
でも、次の瞬間、
また同じ鳴き声が響いた。
音の正体は、
バンガローの床の下だった。

おいらには、「ゲッコー、ゲッコー」と聞こえた。それは何度聞いても「ゲッコー、ゲッコー」だったよ。
どこに現れた?(ヴィラ・宿・壁・木の上など)

Secret Point Huts のバンガローは、
地面から少し浮かせるように建てられている。
つまり、
ベッドのすぐ下は、床板一枚隔てて外。
トッケイヤモリは、
その床下、暗がりのどこかにいた。
壁の向こうでも、屋根の上でもなく、
自分の真下。
そう考えた瞬間、
さっきまでよりも鳴き声が、
さらに大きく、重く感じられた。
距離感と存在感|思った以上に大きい
翌日になって、
トッケイヤモリの大きさを知った。
全長30cmを超える大型のヤモリ。
小さな生き物ではない。
あの鳴き声が、
ベッドのすぐ下から聞こえていたと思うと、
夜中に飛び起きた自分の反応は、
むしろ自然だったと思う。
音だけで、
「これは近い」「これは大きい」と
体に理解させてくる存在感。
チュニンガン島の夜は、
想像していたよりも、
ずっと野生に近かった。
トッケイヤモリの鳴き声がすごい理由
実際に体験してみて分かったが、
トッケイヤモリの鳴き声は、ただ珍しいだけではない。
とにかく印象に残る。
「トッケー、トッケー」と鳴く意味
この鳴き声は、主にオスが出す声。
意味としては、
- 縄張りを主張するため
- 他のオスへの警告
- 繁殖期にメスへアピールするため
といわれている。
つまり、
あの声は威嚇でもあり、自己主張でもある。
人に向かって鳴いているわけではないが、
人の生活圏と距離が近いため、
どうしても“直撃”してしまう。
鳴く時間帯はほぼ夜
トッケイヤモリは夜行性。
特に活発になるのは、
- 夜中
- 深夜〜明け方前
- 周囲が静まり返った時間帯
だからこそ、
音が余計に響く。
昼間なら気にならない声でも、
真夜中の静寂の中では、
一音一音が異様にクリアに聞こえる。
Secret Point Huts のように、
自然音しかない場所では、なおさらだ。
H3:鳴き声の大きさは想像以上
正直に言うと、
動画や文字では伝わらない。
あの鳴き声は、
- 低く
- 太く
- 遠くまで通る
そして、
一度聞くと忘れられない。
「ヤモリの声」と聞いて油断していると、
初体験では確実に驚く。
でも、何度か聞いているうちに、
その声が島の夜の一部に思えてくる。
チュニンガン島では、
トッケイヤモリの鳴き声もまた、
自然のBGMなのだ。
トッケイヤモリはなぜ鳴くのか?【生態解説】
あの鳴き声を初めて聞くと、
どうしても「何かを警告しているのでは?」と感じてしまう。
でも実際には、
トッケイヤモリの鳴き声は、
人間に向けられたものではない。
縄張りを主張するため
トッケイヤモリが鳴く一番の理由は、
縄張りの主張。
「ここは自分の場所だ」と、
他のトッケイヤモリに知らせるための声だ。
特に、
- エサが多い場所
- 昆虫が集まりやすい明かりの近く
- 安全に隠れられる壁や屋根の下
こうした条件が揃う場所は、
トッケイヤモリにとって“いい場所”。
その場所を守るために、
あの低くてよく通る声で、
周囲に存在をアピールする。
声が大きいのは、
遠くまで届かせる必要があるからだ。
繁殖期のオスの行動
もうひとつの理由が、
繁殖期のオスの行動。
鳴き声は、
- メスへのアピール
- 他のオスへの牽制
という、二つの意味を持つ。
繁殖期には特に鳴く回数が増え、
一晩中、一定の間隔で鳴き続けることもある。
チュニンガン島やバリ島のように、
一年を通して温暖な地域では、
この行動が長期間見られるのも特徴だ。
だから、
「毎晩聞こえる」という状況も、
決して珍しくない。
人に向かって鳴いているわけではない
ここは、いちばん伝えたいポイント。
トッケイヤモリは、
人間を威嚇するために鳴いているわけではない。
人の近くで鳴くのは、
- たまたま人の住む場所が縄張り内だった
- 明かりに虫が集まる
- 安全に隠れられる構造がある
こうした理由が重なった結果だ。
こちらが近づいたり、
刺激しない限り、
向こうから攻撃してくることはほぼない。
怖い?危険?トッケイヤモリの本当の性格
見た目と鳴き声のインパクトから、
「危険な生き物」という印象を持たれがちだが、
実際の性格は少し違う。
基本的に臆病で人を避ける
トッケイヤモリは、
非常に警戒心が強く、臆病。
人の気配を感じると、
- 物陰に隠れる
- 壁の高い位置へ移動する
- 音もなく姿を消す
といった行動をとる。
鳴き声は大胆だが、
行動自体はとても慎重。
近づけば近づくほど、
距離を取ろうとする生き物だ。
噛むことはある?(触らなければ問題なし)
結論から言うと、
触らなければ噛まれることはほぼない。
ただし、
- 無理に捕まえようとする
- 追い詰める
- 子どもがちょっかいを出す
こうした状況では、
防御反応として噛む可能性がある。
トッケイヤモリの顎は強く、
噛まれると出血することもあるため、
決して触らないのが鉄則だ。
逆に言えば、
距離を保っていれば危険性は低い。
チュニンガン島で気をつける距離感
チュニンガン島でトッケイヤモリと共存するコツは、
とてもシンプル。
- 近づかない
- 触らない
- 追い払おうとしない
それだけだ。
鳴き声が気になる場合は、
- 室内の照明を弱める
- 虫が集まりにくい環境にする
- 耳栓を使う
といった工夫で、
ストレスはかなり減らせる。
トッケイヤモリは、
怖がる対象ではなく、
自然の一部としてそこにいる存在。
そう理解できると、
チュニンガン島の夜は、
少し違って聞こえてくる
チュニンガン島では日常風景|現地の人の反応
あれほど驚いたトッケイヤモリの鳴き声も、
現地の人にとっては、まったく特別なものではない。
現地では珍しくない存在
チュニンガン島やバリ島では、
トッケイヤモリはごく普通にいる生き物。
夜になると鳴く。
それだけのこと、という感覚だ。
現地の人は、
- 驚かない
- 騒がない
- 追い払おうともしない
ただ「いるものとして受け入れている」。
島の暮らしは、
自然と完全に切り離されていない。
人の生活圏に生き物が現れるのは、
当たり前のことなのだ。
縁起がいい・悪いという言い伝え
地域によっては、
トッケイヤモリにまつわる言い伝えもある。
- 鳴き声を聞く回数で縁起を占う
- 家に現れるのは守り神のような存在
- 悪いものを遠ざける象徴
といった話を聞くこともある。
チュニンガン島やバリ島周辺では、
トッケイヤモリにまつわる言い伝えも残っている。
そのひとつが、
「鳴き声を連続で7回聞くと縁起がいい」という話だ。
夜に響く
「トッケー、トッケー」という声を、
途中で途切れることなく7回数えられると、
幸運が訪れる――
そんなふうに言われている。
もちろん、科学的な根拠があるわけではない。
でも、現地の人にとっては、
ただ怖がる対象ではなく、
意味を持った存在として語られてきた生き物だ。
最初は驚かされるあの鳴き声も、
こうした話を知ってから聞くと、
少し違って聞こえてくる。
怖さだけで終わらせず、
物語として受け止める。
それもまた、島の夜の楽しみ方なのかもしれない。
観光客とのギャップ
一方で、
観光客、とくに初めて東南アジアを訪れる人にとっては、
この鳴き声は衝撃的だ。
- 何の音か分からない
- 近すぎて怖い
- 想像以上に大きい
だからこそ、
夜中に飛び起きる。
現地の人と観光客の反応の差は、
「慣れ」だけでなく、
自然との距離感の違いなのだと思う。
トッケイヤモリと共に過ごす夜の過ごし方
怖さを完全に消すことはできない。
でも、付き合い方を知れば、
夜はぐっと楽になる。
驚かないための心構え
まず大切なのは、
鳴くものだと知っておくこと。
- 夜に鳴く
- 壁や床下にいることがある
- 人を狙っているわけではない
この前提を知っているだけで、
心の余裕はまったく違う。
知らない音が怖い。
正体が分かれば、
怖さは半分になる。
音が気になる人への対処法
どうしても音が気になる場合は、
無理せず対処すればいい。
- 耳栓を使う
- 波音や環境音を流す
- 室内の照明を落として虫を減らす
自然を排除しようとするより、
自分の感じ方を調整するほうが、
島ではうまくいく。
一人旅だからこそ感じた「自然の近さ」
一人旅だと、
こうした出来事を誰とも共有できない分、
すべてを自分ひとりで受け止めることになる。
だからこそ、
夜の音、暗闇、気配に、
いつも以上に敏感になる。
トッケイヤモリの鳴き声は、
チュニンガン島が
「自然の中にある島」だと、
否応なく思い出させてくれた。
まとめ|トッケイヤモリはチュニンガン島の夜そのもの
最初は、正直怖かった。
夜中に飛び起きるほど、衝撃的だった。
でも、時間が経つにつれて、
あの鳴き声は
ただの「怖い音」ではなくなっていった。
怖さよりも「記憶に残る体験」
日本に戻ってから、
真っ先に思い出す夜の音。
それが、
トッケイヤモリの鳴き声だった。
自然と人の距離が近い島だからこそ出会える存在
チュニンガン島では、
自然は観光の背景ではなく、
暮らしの一部だ。
トッケイヤモリは、
その象徴のような存在だった。
チュニンガン島の夜を語るなら、外せない主役
もし、
チュニンガン島の夜を語るなら。
静けさだけでなく、
闇の中に響くあの声も、
一緒に思い出してほしい。
トッケイヤモリは、
チュニンガン島の夜そのものだった。

最後まで読んでくれてありがとう。
次の記事でお会いしましょう。
またねー。💛




コメント