インドネシア各地で広がる反政府デモが、国の根幹を揺さぶり始めています。
きっかけは議員への高額手当への反発でしたが、その背後には経済格差の拡大、雇用不安、そして政治不信が積み重なっています。8月末には警察車両に轢かれた市民の死を契機に抗議が激化し、放火や略奪、死者の発生へと発展しました。
識者や現地メディアは、スハルト政権崩壊の引き金となった1998年の「ジャカルタ暴動」を想起させると警鐘を鳴らしています。プラボウォ政権が強硬策と譲歩の間で揺れる中、国民の不満は収束の兆しを見せず、「98年の危機」再来の足音が迫っているのです。
1:抗議の火付け役となった「議員住宅手当」と死亡事故
今回の抗議の発端は、国会議員に支給される毎月約50百万ルピアの住宅手当が報じられたことでした。これはジャカルタの最低賃金の約10倍にあたる額で、国民の怒りが瞬く間に広がったのです(フィナンシャル・タイムズ、ウィキペディア)。
さらに8月28日には、抗議中にバイクタクシー運転手が警察車両に轢かれて死亡するという痛ましい事件が発生。これをきっかけに抗議は一気に激化し、放火や略奪といった暴力行為にまで発展しました(AP News、ウィキペディア)。
こうした出来事は、単なる制度への不満だけでなく、国民の間に蓄積された政治や経済への不信が表面化した結果だといえるでしょう。
2:学生や労働者らが全国に広げた抗議の輪
抗議活動は首都ジャカルタに始まりましたが、瞬く間に全国32州に拡大。各地で地方議会や公共施設への放火や略奪も相次ぎ、事態は深刻さを増しています(Reuters、ウィキペディア)。
背景には、経済格差や雇用不安、政治家への不信感があり、学生や労働組合、市民団体が連携して全国規模の抗議運動へと発展しました(カーネギー国際平和基金、Reuters)。
今回の抗議は、単なる一過性の騒動ではなく、社会の根底にある不満や構造的な課題を浮き彫りにしています。国民の声は、政府にとって無視できない警告となっているのです。
3:98年暴動との類似点と“多次元的危機”への懸念
今回の抗議の広がりは、歴史的な前例と比較されずにはいられません。1998年のジャカルタ暴動は、経済危機と大学生の反政府デモをきっかけに発生し、1000人以上の命が奪われ、最終的にはスハルト政権の崩壊につながった事件です(ウィキペディア、TNCニュース)。
現在の抗議も、経済、政治、世代間の不満、治安問題といった複数の要素が絡み合う「多次元的危機」の様相を帯びています。識者は、政府が国民の声に適切に応えなければ、同じような危機が再び訪れる可能性があると指摘しています(フィナンシャル・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、カーネギー国際平和基金)。
まさに、過去の教訓を生かさなければならない状況が、今ここにあると言えるでしょう。
4:「強硬対応」と「一部譲歩」、政権の揺れ動く姿勢
プラボウォ大統領は、抗議活動が公共施設の破壊や略奪に及んでいることを受けて、警察と軍に「断固たる措置」を指示しました。ジャカルタの街中には軍が増員され、狙撃手が配置されるなど、強硬姿勢が報じられています(The Australian、Reuters)。
一方で、政府はすべてを力で抑え込もうとしているわけではありません。一部の議員手当の見直しを発表し、学生や労働団体との対話を試みる姿勢も示しています(The Australian、TBS NEWS DIG)。
こうして強硬と譲歩の間で揺れる政権の対応が、今後の抗議の収束や激化に大きく影響すると考えられています。
5:「17+8」の声:市民が作った具体的要求リスト
今回のインドネシアの抗議運動で注目されているのが、「17+8 Tuntutan Rakyat(人民の17項目即時要求+8項目長期改革)」という市民側の要求リストです(ウィキペディア)。
このリストは、単なる怒りや不満の表明ではなく、短期的に即時対応が必要な項目と、長期的に制度改革が求められる項目を明確に整理しています。
- 17項目の即時要求は、議員手当の見直しや不正・腐敗の摘発など、現状の政治や行政に対する迅速な改善を求める内容です。
- 8項目の長期改革は、教育や医療、雇用政策、経済格差の是正など、社会構造そのものに対する抜本的な改善策を掲げています。
つまり、この「17+8」は、抗議者たちが感情的な反発だけでなく、具体的かつ体系的な政策提案を伴う運動として組織化していることの象徴です。
識者によれば、このように明確な要求を掲げることは、政府との交渉や世論形成において大きな影響力を持つ可能性があります。また、市民自身が運動の方向性を自ら整理することで、単発的なデモに終わらず、社会的な変化を実現する力へとつながると考えられています。
🟢 17項目の即時要求(2025年9月5日までの実現を求める)
- 軍の民間法執行からの撤退と抗議者の非刑事化
- 軍の民間活動への関与を停止し、抗議者を犯罪者扱いしないことを求めています。
- 警察暴力の独立調査委員会の設置
- 8月28~30日の抗議で発生した警察による暴力事件について、透明性のある調査を実施するよう求めています。
- 国会議員の給与・手当の凍結と新たな特典の廃止
- 高額な議員手当への反発から、議員の給与や特典の見直しを求めています。
- 議会の資金使用の透明性確保
- 議会の予算使用について、公開と監査を強化するよう求めています。
- 不正議員の調査と処分
- 不正行為が疑われる議員に対する調査と適切な処分を求めています。
- 政党の不正行為者の除名と制裁
- 不正行為を行った政党幹部の除名と制裁を求めています。
- 政党の危機時における市民との連携の表明
- 政党が市民と連携し、危機的状況に対応する姿勢を示すよう求めています。
- 学生・市民団体との公開対話の実施
- 政党幹部が学生や市民団体と公開の対話を行うことを求めています。
- 拘束された抗議者の即時釈放
- 抗議活動中に逮捕された市民の即時釈放を求めています。
- 警察の暴力の停止と標準操作手順の遵守
- 警察による暴力行為の停止と、適切な手順の遵守を求めています。
- 人権侵害に関与した警察官の起訴
- 人権侵害に関与した警察官に対する起訴と処罰を求めています。
- 軍の民間法執行からの撤退と内部規律の強化
- 軍の民間活動への関与を停止し、内部規律を強化するよう求めています。
- 軍の民間空間への介入の停止
- 軍が民間の領域に介入しないことを求めています。
- 全国の労働者への適正賃金の保証
- 教師、医療従事者、労働者、バイクタクシー運転手など、すべての労働者に適正な賃金を保証するよう求めています。
- 大規模な解雇の防止と契約労働者の保護
- 大規模な解雇を防止し、契約労働者の権利を保護するための緊急措置を講じるよう求めています。
- 労働組合との対話の実施
- 労働組合と対話を行い、賃金やアウトソーシングの問題について解決策を見出すよう求めています。
- 労働者の権利保護と環境の尊重を考慮した国家戦略計画の見直し
- 労働者の権利保護と環境への配慮を考慮した国家戦略計画の見直しを求めています。
🔵 8項目の長期改革要求(2026年8月31日までの実現を求める)
- 人民代表評議会(DPR)の全面的な浄化と改革
- 独立した監査を実施し、議員の資格基準を引き上げ、特権を廃止するよう求めています。
- 政党の改革と行政監視機能の強化
- 政党が財務報告を公開し、行政の監視機能を強化するよう求めています。
- 公正な税制改革案の策定
- 税制改革案を策定し、中央政府から地方政府への予算移転のバランスを再考するよう求めています。
- 腐敗者の資産没収法案の可決と施行
- 腐敗者の資産を没収する法案を可決し、腐敗撲滅委員会(KPK)を強化するよう求めています。
- 警察の専門性と人道性を確保するための改革
- 警察法を改正し、警察機能を分散化し、専門性と人道性を確保するよう求めています。
- 軍の民間活動からの完全な撤退
- 軍が民間のプロジェクトから完全に撤退するよう求めています。
- 国家人権委員会(Komnas HAM)と独立監視機関の強化
- 国家人権委員会の権限を拡大し、監察機関を強化するよう求めています。
- 経済および労働政策の見直し
- 国家戦略計画や経済優先事項を見直し、労働者の権利と環境を保護するよう求めています。
これらの要求は、単なる抗議の表明にとどまらず、社会の構造的な改革を目指す具体的な提案として整理されています。市民自身が自らの声を政策に反映させるための重要なステップとなっています。今後、政府がこれらの要求にどのように応えるかが、インドネシアの民主主義と社会の成熟度を示す試金石となるでしょう
6:国際社会の注目、失踪者、法的・人権的な懸念
現在の抗議活動では、少なくとも20名が行方不明、さらに数千人が拘束・逮捕されていると報じられています(Omni、The Australian)。この状況を受け、国際機関から調査の要請も出されています。
国連や各種人権団体は、政府の強硬な治安対策や抗議者への取り締まりに対して批判を強めており、透明性のある独立調査の実施を訴えています(Reuters、The Australian)。市民の権利や安全に関する懸念は、国内だけでなく国際的な注目を集めているのです。
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まとめ
今回の抗議の背景には、1980年代末から90年代にかけての「改革直接革命期」を思い起こさせる社会不満が存在します。単なる一過性のデモではなく、「17+8」という明確な市民のビジョンに裏打ちされた構造改革の要求であり、経済格差や政治的閉塞に対する国民の根本的な目覚めといえるでしょう。
1998年にスハルト政権が崩壊した際の多次元的危機を思い起こすと、今回も経済、政治、世代間の対立、治安の問題が重なりつつあり、同様の危機が進行しようとしています。
いま問われているのは、政府がこの危機にどう応答するかです。強硬策に偏るのか、譲歩と改革の両立を模索するのか。今後の対応次第で、インドネシアの未来は大きく変わる可能性があります。国民、政権、そして国際社会の視線が交錯する中、インドネシアの行方から目が離せません。
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