『勇気のピンク』と『英雄の緑』——、あなたはこの2つの色が何を意味するか知っていますか?これは現在、インドネシアで巻き起こっている大規模な抗議活動で連帯のシンボルとなっている色の名前です。市民はなぜ色を使い分け、SNSでプロフィール画像を変えるほどにまで運動に参加するのでしょうか。その背景には、警察の暴力事件と政府への深い失望がありました。
ピンクの群衆が議会へ 〜「国家の汚れを一掃する」という象徴
ほうきとピンクの服は、沈黙せぬ女性たちの武器となった。
2025年9月3日、インドネシアの首都ジャカルタで、数百人の女性たちがピンク色の服を着てほうきを手に議会へ向けて行進しました。その行動一つ一つに、警察暴力と政府への強い抗議の意思が込められています。
彼女たちの多くはインドネシア女性同盟(IWA) のメンバーです。IWAは90以上の女性団体や活動グループに加え、労働組合、人権団体、先住民族コミュニティーといった市民社会組織で構成される政治団体です。
象徴としての“ほうき”
女性たちが掲げるほうきは、単なる道具ではありません。それは「国家の汚れ、軍国主義、警察による弾圧を一掃したい」という強い意志を表す象徴です。
この表現は、過去のインドネシアにおける女性運動の歴史も想起させます。女性たちは1998年の改革運動に至る過程でも、スハルト政権の権威主義に立ち向かい、重要な役割を果たしてきました。
色が持つ力:勇気のピンク
IWAがピンクを選んだ理由は、これが「勇気の象徴」であるからです。この色の選択は、しばしば無力さや従順さと結び付けられがちな色のイメージを逆手にとり、それを強さと団結のシンボルに転換する意図がありました。
ピンクは、この日の行進において、抗議者たちの連帯感を可視化し、一個の無言の主張となりました。
求められる改革と透明性
行進する女性たちは、「警察を改革せよ」と書かれたプラカードも掲げました。これは、8月末からの一連の抗議活動において、少なくとも10人が死亡し、全国で少なくとも1042人が病院に搬送されたという痛ましい現状への強い抗議です。
国家人権委員会のアニス・ヒダヤ委員長は、当局による暴力が続いている現状を深刻に懸念し、「こうした行為は、対話の場が極めて限られていることの表れだ」と指摘しました。
現在、ジャカルタでの各種抗議デモは平穏に推移しているとの報告があります。しかし、同日夜にはアファンさんを追悼する集会が計画されるなど、市民の悲しみと怒りは収まっていません。
行進するピンクの群衆は、警察の暴力と政府の浪費に対する静かなるが力強い抗議の証でした。そのほうきは、社会の汚れを掃き捨てるという変革への希求を、そしてピンクの衣装は、恐怖に屈しない市民の勇気を象徴していました。
抗議が激化したきっかけ 〜バイクタクシー運転手の死亡事故
一人の若者の死が、民衆の怒りに火をつけた
この抗議活動が2週目に突入し、激化するきっかけとなったのは、8月28日に起きた21歳のバイクタクシー運転手、アファン・クルニアワン氏の死亡事故でした。警察車両にひかれたこの事件が、市民の怒りに火をつけました。
悲劇の瞬間
アファン氏は首都ジャカルタのデモ現場近くで、勤務中に事件に巻き込まれました。目撃者によれば、警察車両がデモ参加者群衆に向かって突入する中、彼は避けきれずに巻き添えとなったとされています。現場は混乱を極めており、正確な状況については現在も調査が続けられています。
市民の怒りが爆発
この事件は、それまで続いていた生活費高騰や議員特権への抗議に、警察の暴力問題という新たな次元を加えることになりました。アファン氏はごく普通の若者で、生計を立てるためにバイクタクシーの運転手として働いていました。彼の死は「自分たちと同じ一般市民が犠牲になった」という共感を呼び、抗議活動に参加する人々の数を急激に増加させました。
「英雄の緑」へと変わる悲劇
アファン氏が所属していた配車サービス企業の制服の色である緑色は、事件後、抗議の象徴的な色へと変化しました。多くの市民や抗議参加者が緑色の衣類を身に着け、ソーシャルメディア上ではプロフィール画像を緑色に変更する「英雄の緑」運動が広がりました。
国際社会の反応
この事件を受け、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)はインドネシア政府に対し、「迅速かつ徹底的で透明性のある調査」を要求。人権擁護団体アムネスティ・インターナショナル・インドネシアのウスマン・ハミド事務局長は、「さらに犠牲が出る前に、政府は直ちに抗議活動中の市民の要求すべてに応えるべきだ」と強い調子で訴えました。
アファン氏の死は、単なる交通事故ではなく、長期にわたる社会的不満が頂点に達した瞬間となりました。彼の死をきっかけに、抗議活動はより組織化され、市民の連帯はさらに強固なものへと変化していくことになったのです。
色が語る物語 〜「勇気のピンク」と「英雄の緑」の意味
色は言葉よりも雄弁に、人々の想いを語る
抗議の現場とSNSを染めているのは、2つの色です。女性たちが着用する「勇気のピンク」と、死亡したアファン氏の制服に由来する「英雄の緑」。これらは単なる色ではなく、運動の象徴として人々の連帯を可視化しています。
勇気のピンク:女性たちの静かなる強さ
ピンクは従来、温和さや従順さを連想させる色でした。しかしインドネシア女性同盟(IWA)は、この色を「勇気の象徴」として再定義しました。彼女たちはピンク色の服を纏い、ほうきを手に議会へ向けて行進しました。この色彩の選択は、従来の女性的なイメージを逆手に取り、静かながらも揺るぎない強さを表現しています。
9月3日のデモに参加したムティアラ・イカ氏は「抗議は犯罪ではなく、すべての市民に本来備わっている民主的権利だ」と語りました。ピンクはまさに、この民主的な権利行使の平和的かつ強い意思を象徴しているのです。
英雄の緑:一個の命が生んだ連帯のシンボル
緑色は、警察車両にひかれて亡くなったアファン・クルニアワン氏が着ていた配車サービス企業(Gojek)の制服色です。彼の死は抗議活動を激化させるきっかけとなり、その制服の色は「英雄の緑」と呼ばれるようになりました。
この緑色は、一個の尊い命が失われた悲劇を記憶にとどめ、一般市民の苦しみと怒りを可視化する役割を果たしています。アファン氏のような普通の市民が抗議の犠牲となった事実は、多くの人々に共感を呼び、緑色を身に着けることで連帯を示す動きが広がりました。
デジタル時代の連帯表現
ソーシャルメディア上では、これらの色を「英雄の緑」、「勇気のピンク」と呼ぶ動きが広がっています。多くの人々が自身のソーシャルメディア・アカウントで、プロフィール画像にそれらの色調のフィルターを施し、オンライン上でも連帯を示しています。
これは現代ならではの抗議の形であり、物理的に現場にいられない人々も、デジタル空間で支持を表明できる新しい方法となっています。
色が紡ぐ物語の力
「勇気のピンク」と「英雄の緑」は、単なる色彩を超えた意味を持ちます。これらは抑圧への抵抗、命の尊さ、市民の連帯を表現する強力なシンボルとなりました。色を通じて、人々は個人の想いを集合的な力に変え、社会変革を求める声を視覚的に、そして力強く発信しているのです。
政府の対応:譲歩とその限界
プラボウォ大統領は8月31日、全国的な抗議の沈静化を図るため、議員に支給されている国家予算による特権の一部、特に手当の規模について見直す方針を発表しました。この措置は抗議者から一定の評価を受けたものの、多くの市民にとっては不十分な対応でした。
大統領は当初、中国の戦勝記念式典への出席を中止すると発表していましたが、9月3日には北京で習近平国家主席やプーチン大統領と並んで記念撮影に臨む姿が確認されています。この一連の動きは、政府の対応が本質的な問題解決に向けたものではなく、場当たり的な対応であるとの批判を生んでいます。
市民が求める「深い改革」とは
インドネシア全学生連合の元中央調整官であるヘリアント氏は、「問題は一つではなく、長年にわたる不平等、統治、説明責任に対する懸念が背景にある」と指摘します。市民が求めているのは、単なる議員特権の見直しではなく、根本的な社会変革です。
17項目の即時要求
治安・司法制度の改革
- 軍の民間法執行からの撤退と抗議者の非刑事化: 軍の民間活動への関与を停止し、抗議者を犯罪者扱いしないことを求めています。
- 警察暴力の独立調査委員会の設置: 8月28~30日の抗議で発生した警察による暴力事件について、透明性のある独立調査を実施するよう要求しています。
- 人権侵害に関与した警察官の起訴: 人権侵害に関与した警察官に対する司法手続きと処罰を求めています。
- 拘束された抗議者の即時釈放: 抗議活動中に逮捕されたすべての市民の即時釈放を要求しています。
- 警察の暴力の停止と標準操作手順の遵守: 警察による過剰な力の使用の即時停止と、適切な手順の厳格な遵守を求めています。
議会・政治制度の透明性向上
- 国会議員の給与・手当の凍結と新たな特典の廃止: 高額な議員手当への反発から、議員の給与や特典の即時見直しを求めています。
- 議会の資金使用の透明性確保: 議会の予算使用について、完全な公開と独立した監査の強化を要求しています。
- 不正議員の調査と処分: 不正行為が疑われる議員に対する迅速かつ公平な調査と、適切な処分を求めています。
- 政党の不正行為者の除名と制裁: 不正行為を行った政党幹部の除名と制裁を要求しています。
対話と社会的包摂
- 政党の危機時における市民との連携の表明: 政党が市民と連携し、現在の危機的状況に対応する明確な姿勢を示すよう求めています。
- 学生・市民団体との公開対話の実施: 政党幹部や政府高官が、学生や市民団体と公開の場で対話を行うことを要求しています。
労働権利の保護
- 全国の労働者への適正賃金の保証: 教師、医療従事者、労働者、バイクタクシー運転手など、すべての労働者に生活できる適正な賃金を保証するよう求めています。
- 大規模な解雇の防止と契約労働者の保護: 大規模な解雇を防止し、契約労働者の権利を保護するための緊急措置を講じるよう要求しています。
- 労働組合との対話の実施: 政府と雇用主が労働組合と誠実に対話し、賃金やアウトソーシングの問題について具体的な解決策を見出すよう求めています。
軍の役割の明確化
- 軍の民間法執行からの撤退と内部規律の強化: 軍の民間活動への関与を停止し、内部の規律を強化するよう求めています。
- 軍の民間空間への介入の停止: 軍が民間の領域や社会的事務に介入しないことを要求しています。
国家政策の見直し
- 労働者の権利保護と環境の尊重を考慮した国家戦略計画の見直し: 国家戦略計画を見直し、労働者の権利保護と環境への配慮を優先事項とするよう求めています。
8項目の長期改革要求
政治制度の根本的な改革
- 人民代表評議会(DPR)の全面的な浄化と改革: 独立した監査を実施し、議員の資格基準を引き上げ、不必要な特権を廃止するよう求めています。
- 政党の改革と行政監視機能の強化: 政党が完全な財務報告を公開し、行政の監視機能を強化するよう要求しています。
法制度・税制の改革
- 公正な税制改革案の策定: 公平で公正な税制改革案を策定し、中央政府から地方政府への予算移転のバランスを再考するよう求めています。
- 腐敗者の資産没収法案の可決と施行: 腐敗した官員の資産を没収する法案を可決し、腐敗撲滅委員会(KPK)の権限と資源を強化するよう要求しています。
治安機関の改革
- 警察の専門性と人道性を確保するための改革: 警察法を改正し、警察機能を分散化し、専門性と人道性を確保するよう求めています。
- 軍の民間活動からの完全な撤退: 軍が民間の商業プロジェクトや社会活動から完全に撤退するよう要求しています。
人権保護の強化
- 国家人権委員会(Komnas HAM)と独立監視機関の強化: 国家人権委員会の権限と資源を拡大し、独立した監察機関を強化するよう求めています。
経済政策の見直し
- 経済および労働政策の見直し: 国家戦略計画や経済優先事項を見直し、労働者の権利と環境保護を中心に据えた政策を要求しています。
抗議の背景と政府の対応
これらの要求は、生活費の高騰や国会議員への過剰な特権に対する怒りを背景にしています。抗議は、8月28日に首都のデモ現場近くでバイクタクシー運転手が警察車両にひかれて死亡した事件をきっかけに激化しました。
プラボウォ大統領は抗議を受けて、議員特権の一部見直しを表明しました。しかし市民や学生団体は、これはほんの始まりに過ぎないと訴えており、長年にわたる不平等や統治への不信が背景にあると指摘しています。彼らは、単なる表面的な変化ではなく、制度の根本的な改革を求めているのです。
政府はこれらの要求に対して、誠実な対話と実質的な改革で応えることが期待されています。国際社会も、インドネシアの民主主義と人権の状況を注視しています。
歴史が支える現在 〜女性運動の系譜と国際社会の注目
過去の闘いが現在の抗議を支え、国際社会が見守る
今回の主役である女性団体IWAの活動は、1998年の改革運動まで遡る歴史を持ちます。また、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)やアムネスティ・インターナショナルも調査と透明性のある対応を求める声明を発表しており、国際的な注目も集めています。
受け継がれる女性運動の系譜
インドネシアにおける女性運動は、長い歴史と深い根を持っています。現在のIWA(インドネシア女性同盟)の活動は、1998年の改革運動における女性たちの活躍にその源流を見出すことができます。当時、女性たちはスハルト政権の権威主義に立ち向かい、民主化運動において重要な役割を果たしました。
この歴史的連続性は、現在の抗議活動に正当性と力を与えています。過去の闘いの記憶と教訓は、新しい世代の活動家たちによって受け継がれ、現代的な形で表現されているのです。ほうきを手にピンクの服を着た女性たちの行進は、単なる瞬間的な抗議ではなく、歴史的に築かれてきた抵抗の伝統の現れなのです。
国際社会の注目と関与
インドネシア国内の状況は、国際社会からも緊急の関心事項となっています。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR) は、ジャカルタでの抗議活動に対する人権侵害の疑惑について、「迅速かつ徹底的で透明性のある調査」を求める声明を発表しました。
また、アムネスティ・インターナショナル・インドネシアのウスマン・ハミド事務局長は、「さらに犠牲が出る前に、政府は直ちに抗議活動中の市民の要求すべてに応えるべきだ」と述べ、国際的な人権基準の遵守を強く求めています。
国際的な監視の目は、政府の対応にある程度の抑制効果をもたらすと期待されています。同時に、国際社会の関心は、国内の抗議活動に正当性と可視性を与える役割も果たしています。
まとめ:求められるのは「市民中心の統治」
色彩の革命が求めるものは、制度の根本的な変革である
色鮮やかなピンクと緑のデモは、インドネシア市民が「より説明責任があり、透明性が高く、市民中心の統治」を強く望んでいることを世界に向けて示しているのです。
単なる抗議を超えた意味
現在のインドネシアの抗議活動は、単なる一時的な不満の表出ではありません。それは、国家と社会の関係の根本的な見直しを求める声です。「勇気のピンク」と「英雄の緑」という色彩は、この要求を象徴的に表現しています。
市民が求める統治の形
市民が求めているのは、以下のような原則に基づく統治です:
- 説明責任: 政府と公職者が自らの行動について説明する責任
- 透明性: 意思決定過程と資源配分の公開性
- 市民中心: エリートや特定の利益集団ではなく、一般市民の利益を中心に据えた政策
変革への長い道のり
プラボウォ大統領が表明した議員特権の一部見直しは、第一歩としては評価されるものの、市民が求める根本的な変革にはほど遠いものです。真の改革は、政治文化そのものの変容を必要とします。
希望の色
ピンクと緑の色彩は、単なる抗議のシンボルではなく、新たなインドネシアのビジョンを表しています。これらの色は、恐怖ではなく希望に、分裂ではなく連帯に、抑圧ではなく解放に向かう人々の願いを体現しているのです。
現在の抗議活動は、インドネシアが民主主義と社会的公正に向けて新たな段階に入ろうとしていることを示しています。その行方は、国内の市民社会の持続的な努力と、国際社会の継続的な関心にかかっていると言えるでしょう。
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